建設材料の精神的、肉体的側面への影響−校舎環境を通じて

愛知教育大学教授 橘田 紘洋

1. はじめに
 「住まい」は、住む人の精神的及び肉体的に何らかの影響を及ぼしているのではないだろうか。今日、都会においては「住まい」の多くがマンションなどの鉄筋コンクリート造りの集合住宅になっている。こうした「住まい」は、確かに地震や火災などの災害に対する安全性という観点からは優れているが、そこに生活する人の精神的及び肉体的な面への影響はどのようなものであろうか。
 飛躍した例ではあるが「コンクリートの飼育箱で飼われたマウスは短命で、かつ生まれた子供をかみ殺す(家畜の場合はストレスと考えられている)」というショッキングな報告がある、人間はどうであろうか。人間の場合は高い環境適応能力を持っているので、このようなドラスチックなことは起きないと考えたいが、「コンクリートとガラスでできた人間性のない学校工場と、狭い空間、遊びや活動するスペースのない殺伐とした校庭が生徒の攻撃性と破壊への衝動を増大させている」として、校舎の物理的な環境が校内暴力の一因になっているとの指摘もある。
 このように社会的な環境を形成する個々の人間が、校舎のつくる物理的な環境から絶えず影響を受けている以上、社会的な環境自体が多かれ少なかれ建築材料による物理的な環境に影響されているとも考えられる。こうした視点に立ったとき、精神集中を要求される教育の場では、さまざまなストレスが生じやすいことから、教室における物理的な環境は適正に形成されている必要がある。
 さらに、このことは単に教育の場だけの問題ではなく、私たちの“暮らしの場=住まい”にも通じる問題でもある。そこで住まいを構成している建築素材が形成する住環境を検討するにあたり、 (財)日本住宅・木材技術センターの「住環境に関する 総合調査」の一環として私たちの研究グループが行った「木造校舎とコンクリート造り校舎における教育的環境の比較」を事例に、論じてみたい。
 
表1 鉄筋コンクリート造り校舎から木造校舎に移った後の評価

 
2. 教室の温湿度環境
 学校においては、小学生はしばしば床に坐って遊んだり、作業をする傾向を持っている。床面の低温は眼精疲労など疲労感を高め、全身不快の原因になること、また周壁面の温度は人の感覚温度に大きな影響を与えることなどを考慮すると、教師を含めた室内生活者の生理機構への影響や快適性を探るには、教室内の温湿度状況は重要な因子となる。
 フィールドワークの対象とした岐阜県の上之保村立上之保小学校は、林業を主産業とする岐阜県の山村にあり、175人の生徒が通学している校舎の立地環境は、昭和63年竣工の木造校舎と昭和43年竣工の鉄筋コンクリート造り校舎(以下RC造校舎とする)が同一敷地内に並列して建っているため、日照や外的気象条件は同一と見なせる。
 同校では、4年生までRC造校舎で授業を受け、5年生からは木造校舎へ移る。そこで5年生と6年生の生徒53人に“生活実感”としての環境の違いを評価してもらったが、9割に近い46人もの生徒が「木造校舎に移って“冬の寒さ”が和らいだ」と答えている。この“生活実感”を立証するため、建築素材によって教室内の気候状態がどのように影響されるものか、調査結果をあげてみよう。
 
表2 冬期の就学時間帯における2階教室内の温湿度の散布図
(1989年12月〜1990年3月)
(a)木造教室2階 (b)RC造教室2階
 
 生徒の在校時間帯になる午前8時から午後3時までにおける教室の床付近の温湿度を、1年間にわたって調べた。
 調査結果では、木造教室の床付近温湿度環境は比較的暖かく、湿度も50%前後と過ごし易い環境になっているが、RC造教室の床面付近は低温で湿度も高かった。また教室の温度が低い場合ストーブによって採暖することになるが、この時、室内空気が暖まると木材周壁面は比較的速やかに暖まるので、室温と周壁面との間に大きな差は生じないが、熱容量の大きいコンクリート壁面はなかなか昇温しないために室温との間に大きな差が生じてしまい、感覚温度を下げている。このような環境では、指示温度以上に温度を上げなければ適切な温感が得られないことになる。この結果、RC造教室では生徒及び教師ともに足よりも頭の方が暖まってしまい、ますます精神集中のしにくい、のぼせ易い状況になるという悪循環をきたす危険性を持っている。
 
表3 灯油ストーブ採暖時の教室内の垂直温度分布
(1990年2月1日)



 
 以上にように、温湿度条件ではRC造教室に厳しい環境になっているという見方ができる。
 ところで、学校における環境衛生は昭和39年に学校保健分科審議会によって答申された「学校環境衛生の基準」に基づいて行われている。それによると、教室内の温湿度は児童生徒の机の上で測定することとされており、判定基準と事後措置は次のように示されている。
 《判定基準》
冬期では10℃(感覚温度9.5℃)以上、夏期では30℃(同26℃)以下であることが望ましく、最も望ましい温度は、冬期では18℃〜20℃、夏期では25℃〜26℃である。教室内の湿度は30%以下、80%以上でないことが望ましく、最も望ましい湿度は50%前後である。
 《事後措置》
温度は、10℃以下の場合は採暖し、湿度は、30%以下の場合には適当な調節をする。
 上記の基準値は、低温においては仕事への支障と手指の冷えや冷感とを考慮しており、高温については熱中症の起きないことを考慮して設定されている。つまり上記の値は「望ましい温度」というよりは、高温、低温での学習・作業の限界値を示しているものであり、学習活動時の適切な温湿度環境を設定したものではない。
 ちなみに、この環境衛生基準値を上之保小学校における冬期の床付近温度に当てはめると、木造教室では床付近の温度でも就学時間の80%前後が基準値内に入るが、RC造教室では45%前後と半減している。一般に冬期の床面温度は快適度の点から13℃を下限温度としているが、この点からも坐位活動を好む生徒たちにとって、RC造教室の床付近はあまりにも厳しい状況が起きているといえよう。
3. 教室へのアンケート調査による学校環境の比較 (アンケート結果表示
 今回の調査によって、教室の温湿度環境は、建築素材によって大きな違いのあることが明確になったが、次に小、中学校の教師の健康状態及び教師から見た建築素材の違いによる校舎の評価を調べてみることにした。この調査の主な対象は、全国各地にある築造10年以内の木造校舎とし、比較対象として同一地域にあるRC造校舎及び内装木質造り校舎(少なくとも床及び腰板が木質材料で内装されたRC造校舎)とした。
 程度の大小を問わず半数以上の教師が感じている症状として顕著に多いのは「夏期の教室内が暑い」というものである。次に続いているのが「冬期の教室内が寒い」「イライラすることがある」「冬期は足元が冷える」「長時間立っているのがつらい」「喉が渇く」といった因子である。また、女性教師の半数以上が生理不順を訴えていることも明らかになった。
 教室の明るさについては、木造校舎よりもRC造校舎や内装木質造り校舎の方が明るいと感じているようである。なお、内装木質造り校舎については、木造校舎より「冬期の教室内が寒い」と感じる割合が多いにも関わらず、足元の冷えは木造校舎の方がより多く感じている点が興味深い。
 また、ほぼ半数の教師が校舎の建築素材が教育活動に影響していると考えていた。そこで、影響されると思われる事項について自由記述式で答えてもらった。RC造校舎については、ほとんどの因子がマイナスに影響を与えると判断されていた。一方木造校舎については、あげられた因子はほとんどがプラスの評価であり、RC造校舎とは大きな違いを見せていた。
 回答数の多かった影響因子としては、RC造校舎では床の弾力性のなさ、結露の発生、大けがの危険、反響音、冷たい感じなどがあり、材料の物理的性質に起因する因子が目立った。一方、木造校舎では暖かみ、落ち着いた雰囲気、柔らかさ、床の弾力、けがが少ないなどがあり、人の情感に関わる因子が目立っている。内装木質造り校舎については、互いに矛盾する因子が目立ち、木造校舎の持つ側面とRC造校舎の持つ側面とが混在しているようである。
 また、アンケート結果を基にして、3種類の校舎を比較すると、RC造校舎が最も教師の生活に悪影響を与えているようである。校舎に対する評価も、RC造校舎はほとんどがマイナス評価であり、また、イライラする頻度も高いところからストレスが生じやすくなっていることが懸念される。生徒にとって教師は常に大きな影響力を与える存在である。従って、校舎環境は教師が快適に過ごせるような環境でもある必要がある。
 
表4 授業中の多くの小学生が疲労を訴える学校の割合


 
4. おわりに
 冬期の校舎の温湿度環境を中心として木造教室とRC造教室との相違を調べてきたが、周壁面に用いられている材料が教室の温湿度環境に大きく影響していることが明らかになった。すなわち、木造教室はRC造教室に比べて室内温度が高く、かつ室内の温度の分布が少ないこと、さらに湿度が50%前後に保たれ易く、快適な温湿度環境を形成し易い。一方、RC造教室は居住空間としての快適性が得られ難いことが明らかになった。このような温湿度環境の相違は、そこで生活する生徒や教師の情操面や生理機構などにさまざまな影響を与えていることが十分に考えられる。
 こうした調査とは別に、私たちは、建築素材の校舎環境への形成効果を探ってきた。平成2年の第一次調査で、すでに校舎環境の違いが生徒や教師の生理面や心理面へも影響していることを明らかにしたが、さらに疲労症状を分析することによって、校舎環境がどのような症状に強く影響するものであるか探った。それによると、授業中少人数でも疲労症状が見られると回答した学校は、木造で40.8%、RC造46.3%であったが、そのうち多くの生徒(教室の1割以上)が疲労を訴えている学校割合は、RC造校舎の方に高く、特にRC造校舎の生徒は倦怠感を訴え、注意集中がし難いという傾向が認められた。
 生徒を逞しい人間に育てようとして、厳しい環境に置くことはある面では意義のあることではあるが、その際に教育的配慮が伴わなければならない。教室のように特に精神集中を要求されるような環境は、それに対応した環境造りをしていくことが大切となる。私たちの調査分析によっても建築素材が非常に重要な要因を占めることになる。
 従来から木造校舎は「ぬくもり」「柔らかさ」というイメージで高い親近感が与えられてきたが、今回の調査で、単にイメージだけではなく、実質もまた好ましい住環境を形成していることが明らかになってきた。住環境の重要さを考えたとき、単に「学校」だけでなく、人間の生活の最も大きな“場”となる「住まい」をも含めて、木造の持つ有形無形の効用を取り入れて、住まいの質を高めていく時代にならなければいけないだろう。